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うちわワールドの創作倉庫として作りました。 短編と、漫才中心に書いていこうと思います。

 オレはリアリストだ。名前からして「マコト」だ。余計な夢など見ない。夢見たところでどうせ叶わない。現実的なことを突き詰めていくタイプだ。可能なことを出来るだけ突き詰めて追い込む。それがオレのスタイルだ。○○出来たらいいなあ…とか思っているヤツはだいたい甘い。○○になったらいいなあ、とか考えている奴もどうかしている。決めたらやる。出来ないことはやらない。そうやって生きてきた。一生懸命やったら…とかどうでもいい。結果がすべてだ。
 同期のナオトは人望がある。だけどロマンチストで、甘っちょろい。○○さんは頑張っているから、とか、大丈夫、いつか報われるから、なんてつまらない事ばかり口にしている。そんなことはどうだっていい。使えるか使えないか、出来るか出来ないか。それがすべてだ。勝算があったらやればいいし、勝算が無ければやらなきゃいい。ウチの上司も言う事は壮大だ。結果を出すためにはこうするべきだ、ああするべきだ…とか言ってるけど、出来るわけねえだろ、そんなもん。出来る仕事をさっさと終わらせ、結果が出なさそうな事は、次につながるようにほどほどにしておく。次につながらない事は…まあ、付き合い程度は顔を出すが…。今夜はナオトに飲みに誘われた。まあ、少ない同期だし、付き合ってやるか。

「マコト、オレ、結婚することになったよ。」
ナオトは切り出した。こいつは耳触りが良いことをばっかり言うから、昔からモテた。まあ、コイツが結婚するのは納得だ。しかし、えらく大変な道を行くもんだ。
「で、結婚を機に、独立するよ。」
なに?えらく現実離れしたこと言うじゃねえか。
「で、お前に、今オレが持ってるプロジェクトを引き継いでもらいたい。課長には話を付けてある。」
おいおい。なんでそんな話になるんだよ。
「お前はコツコツ結果を出していることは知っている。実直で仕事も早い。だけど大きな仕事は手を出さないだろ。ある程度軌道に乗ったものなら確実に結果を出せる。お前なら信頼できる。今度は種を蒔いたことを軌道に乗せてくれ。」
待て待て、会社を裏切るお前がなんでそこまで話を付けてるんだ。オレはそんなことに興味がない。余計なことに巻き込まないでくれ。
「マコト、そろそろ現実逃避はやめようぜ。出来る出来ないじゃない。やるんだ。オレも自分を追い込み、周りを巻き込んで、失敗ばかりして来た。苦労ばっかりしてきた。だけど、そうすることで、周りから信頼されて、結婚も出来るようになった。家も買う話になった。独立しても、出来る見通しが立った。お前はやればできるんだから、やろうぜ。」
現実逃避?オレが?やればできる?逆だろ。オレはリアリストで、出来ることしかやらない男だ。
「マコト、まだそんなこと言ってるのか。」
ナオトは呆れたように言う。
「考えておいてくれ。お前に足りないのはチャレンジだ。出来ることだけやればいい…なんて甘ったれたことはいい加減に卒業してくれ。」
ナオトは苦笑いともとれるような笑顔でオレの肩を叩き、帰っていった。

 翌日、課長に声をかけられる。
「ナオトから聞いたか?」
はい、聞きました。でもオレは…
「ナオトはやっぱり現実的だな。先のことをよく考えている。あいつならプロジェクトも安泰だと思ったが…。まさかお前に引き継ぎたいというとはな。マコト、お前良い同期を持ったな。」
ナオトが現実的?課長はいろいろ言ったが、オレは話が入ってこなかった。出来ることを突き詰める。オレが現実逃避をしていて、夢を語るマコトが現実的なのか?どうなってるんだ。

 納得いかない話だが、今更プロジェクトリーダーを断るのは現実的ではない。ナオトと引き継ぎをする。ナオトは理想論を語るタイプだと思ったが、引継ぎをしてみると、メンバーの得意、不得意を良くとらえていて、行き詰ったときにどうすればいいかという事も細かく教えてくれた。ナオトは安堵したように笑って言う。
「マコト、お前がチャレンジしないのはただのめんどくさがりだと思っていたが、やっぱりそうだったな。飲み込みが良いし、理由をちゃんと分析できる。安心したぜ。」
「ナオト、お前こそ良く観察しているな。ロマンチストだと思っていたが、大したもんだ」
ナオトは驚いたように答える。
「ロマンチスト?冗談言うなよ。世の中理不尽なのが当たり前なんだから。それをどうにかしないと現実生きていけないだろ。オレは弱っちいリアリストだよ。」

なるほどな。リアルとはオレが思っていたよりもずっとめんどくせえヤツだってことか。出ないものを出す。ナオトに言わせればそうやって現実は出来ているらしい。



※ もう少し長編を考えていた話ですが、展開に行き詰って話を簡単にしてしまいました。現実とは常に理不尽で、それをどう受け入れ、どう感情を飼いならしていくか…がテーマだったんですが、思ったよりマコト君がうまく動いてくれない(笑)。原題は「夢見るリアリスト…」だったんですが、短編どころか超ショートショートに。

 大恋愛を経て結婚して3年。突然妻に離婚を切り出された。夫婦仲が悪かったわけではない。理由を聞くと
「長く付き合うとね、ギャップが生まれてくるの。」
なんだかわからない理由。悔しさはある、未練はある。当然再構築を試みる。しかし、彼女の意志は固かった。みっともなく追いすがろうとしたが、ある夜に彼女が言った、呆れたような、
「おやすみなさい。」
を聞いて、諦めがついた。彼女の乾いた声に潤いを取り戻せるように思えなかった。そこからの展開は早い。絞り出すように別れを受け入れることを告げると、ふうっと息をはきだした彼女は、ものの数日で荷物をまとめた。実家には帰らず、元居た地域に引っ越すという。
「今までありがとう。」
口数少なく彼女は去った。子供を作る前に、関係を終わらせようとしたのは彼女なりの配慮だろう。あまり話し合うことなく別れたのも、彼女なりの考えがあってだろう。ただ、納得は出来なかった。本音が聞きたかった。余計なことは話したくないというのが彼女の本音なのかもしれない。

 それでも仕事には取り組んだ。気を遣わせないよう愛想笑いをして。好きだとは言えない仕事。それでも今まで何かを理由に仕事で手を抜いたことなどない。しかし突然辞令が出た。まったく知らない土地での勤務。栄転でも降格でもない。今まで通りのポジションで、ただの異動。理由を聞くと
「欠員が出ただけだよ。離婚したし、ちょうどいいだろ」
わかるような、わからないような理由。当然納得などできない。それなりに顧客との関係性を築いてきた自負がある。しかし、もう話はついているという。それなりに情熱を注いだ仕事の引き継ぎを、軽薄で浅慮な後輩に引き継ぐ。質問も少なく、引継ぎはすぐに終わった。最後、後輩は幾分か不安そうな顔をして聞く。
「オレでも出来ますかね?」
知らない。知らないが出来ると会社が認めたんだから、出来るだろう、と言って引き取り、引っ越しの準備に入るために帰宅する。
「先輩、わからんことは電話しますね。」
なんとも無神経なセリフを言うヤツだ。


 この地で暮らすのもこれで最後。今まで何のために頑張ってきたんだろう。これから何を目的に生きていけばいいんだろう。そんな思いを胸に、最後の晩御飯をなじみの定食屋で済ませる。定食屋さんでも今までのお礼を言うと、
「そうかい、いろいろ大変だったね。」
と、声をかけてくれた。そして
「これ、顔もやつれているし、お腹が減ったら食べておくれ。」
といなり寿司をパックにくれた。食欲は無いが、ありがたくいただき、寝るだけの家へ帰る。何かと入用だろうと思っておろしたお金はほとんど使わなかった。家の近くのお稲荷さんの前を通りかかる。もう、生きていても何もない。いっその事…。そんな思いを胸に、なんとなくお稲荷さんの鳥居をくぐる。このお稲荷さんにはキツネの像があり、それを面白がって何度か夫婦で訪れた。あの時は笑顔が絶えなかったな、などと思いながら、キツネの像を見上げる。キツネの像にはあまりにも汚いカビたような油揚げが供えられている。お稲荷さんでせっかく祈っても、これじゃ甲斐がねえよな、そう思ってカビた油揚げは、近くの焚火のあとに捨ててやった。手を洗って、お堂の前へ。賽銭箱に入れようにも小銭がねえな、と思って、おろしたお金を無造作につかんで賽銭箱に入れる。数万程度だが、もう別にどうでもいい。
「今まで、ありがとうございました。もう、どうにもなりませんが…。」
と、何の礼かわからないが、手を合わせ、頭を下げる。なんの涙かわからないが、なんとなく涙がこぼれる。
 
 再度キツネの像の前。そういえば、と思ってさっきもらったいなり寿司を供えた。せっかくもらったいなり寿司でも、正直食べる元気もない。それならお供えに…と思ったのだ。お供えして、いつもそんなことはしないが、ついキツネの像にも手を合わせる。すると上から声がする。
「おい、そこの青年よ。」
上から声?と不思議に思って見あげると、キツネの像の横に、和服の男が立っていた。
「な、なんですか?」
と声をあげると、
「いなり寿司、ありがとうな、青年。」
青年、と呼ぶにはこちらは齢がいっている。もう30も過ぎた。和服の男は年齢はよくわからないが、少なくとも年下に見える。なんとなく敬語でしゃべったが、今どき珍しい和服の若い男。像の台座に片足で器用にバランスをとって。どう見てもおかしい。そのおかしな男にタメ口で何のお礼かわからない礼を言われるのはさすがに気に入らない。
「誰だよ、お前。」
もうこっちは人生諦めている。別にボコボコにされてもいい。どうでもいい。ちょっと腹が立った。喧嘩してやろうか。和服の男は雰囲気を悟ったか、ちょっと慌てた口調で言う。
「待て待て、こっちはお礼を言っておるんじゃ。わしはここのキツネでな、いなり寿司が大好物なんじゃ。いつも不味そうな油揚げばかり供えられて困っておった」
どうにも馬鹿にしているが、和服の男が嘘を言っているようにも見えない。どうも疲れすぎて幻覚を見たか…。和服の男は説明を続ける。
「いや、まあ無理はない。わしが突然キツネと言ってもそれは信じられんよな。」
和服の男は説明を続ける。
「しかしまあ、キツネなんじゃよ。キツネではあるが、そこらのキツネでもない。なんじゃろうな、人間からすると妖狐、とでもいうかね。」
「いや、信じられるわけねえだろ。だいたいお前、妖狐とかそんな自称が現代っぽい。そんな言葉を知っているんだったら、現代の人間に化けられなくもねえだろうよ。なんなんだよお前はよ。」
こちらはいつ襲われるか気が気じゃない。荒い言葉で責めてみる。
「親切な青年かと思えば、喧嘩っ早いのか、かと思えば、意外と冷静なもの言いをするな、そなたは。」
和服の男はにやりと笑って、ひょいと像の台座から飛び降りた。軽い身のこなしは確かに人間業じゃあない。
「この格好は、わしの好みでな。大正年代のファッションが好きなのよ。」
はにかんだように笑い、
「あと、現代のいなり寿司が好き。」
と、妙に馴れ馴れしく話しかける。
「だからさ、賽銭もありがとうな。たまに賽銭をちょいと失敬して、いなり寿司買いに行くのよ。コンビニよりやっぱり寿司屋のいなり寿司が好きだね。かびた油揚げは、これどうにもダメだ。でも、供えてあるもん無下にできないじゃん?」
おいおい、急に現代語口調かよ。
「だからありがとうな、青年。」
まあ、疲れているから、もう何でもいい。夢か幻覚か知らんが、とりあえず信じてやる。しかし、
「あの、青年ってのやめてくれねえかな。」
と、この馬鹿にした呼び方を咎める。
「でもわし、今でいう江戸時代?の生まれだからね。そこからすると、お前は青年。」
「いや、言いたいことわかるけどさ、オレ30過ぎてんだけど…」
「マジ?最近の30って若いね!」
なんなんだコイツ。

 整理すると、このお稲荷さんってのは江戸時代にこのあたりを栄えさせたいわゆる豪農が、さらなる発展を願って建てたものらしい。で、このキツネの像は江戸の末期にこのあたりが町として栄えるように、と宮司が願いを込めて建てたところ、どういうわけか豪農の家に化けては入り浸っていた妖狐が油揚げ欲しさにキツネの像に棲みつくことに決めたそうな。ところが、当時の油揚げは揚げたてでおいしかったそうだが、今の油揚げは大量生産で、それだけで食べるには味気ないらしい。で、昭和に流行りだした甘いいなり寿司が大好物になったとか。説得力があるような無いような…。
「とにかくね、わしいなり寿司が好きなのよ。このいなり寿司、どこで買ったの?」
そう言うと、いなり寿司を食べだした。
「なんだこのいなり寿司、ヤバいね!旨すぎだろ。」
おいおい、コイツ本当に江戸の生まれなのかよ。現代語めちゃくちゃしゃべってんじゃねえか。
「だからさ、青年、さっき賽銭もたくさんくれたじゃん。これ、宮司には内緒でもらってさ。たまにこのいなり寿司買いに行こうと思うんだよね。」
…もういいよ、好きにしたらいい。
「このいなり寿司は、そこの定食屋さんの宮前さんところのだよ」
と教えてやる。
「宮前?ああ、ウチの前だから、宮前なんだぜ、あの定食屋。結構由緒正しいんだよ、あの定食屋もな。まあ、戦前は別の商売してたけどな。ああ、戦争って大東亜戦争な。」
もう、アタマが追い付かない。
「でもこの前、この前ったって5年も前かな。食べに行ったけど、別にいなり寿司なんてメニューなかったからな。」
「じゃあ、きつねうどん食べたらいいよ、揚げが自家製で甘く煮てある。このお稲荷さんはそのうどんのお揚げで作ったものだろうね。」
「そうか!青年、お前は本当に優しい奴だな!きつねうどんと聞くと共食いみたいで食べなかったが…。よし、青年、願いを一つだけ叶えてやろう。」
なんだ、そのおとぎ話みたいなヤツは。

 このキツネが言うには、キツネ・というか妖狐には化ける能力ともう一つ、他人の願いをかなえることができるらしい。じゃあ、油揚げを自分で出せばいいじゃねえかと思うんだが、なんだかルールがあるそうだ。あと、何故かこのキツネは自分をツネ様と呼んで欲しいらしい。
「大丈夫。どこかのマンガみたいに、早く願いを決めろとは言わないよ。ルールは一人につき願いは一つだけ。その願いは、一瞬叶うが、以後それがずっと続くかどうかは本人次第だ。あと、抽象的な願いはダメ。幸せになりたいとかってのはダメ。」
「ツネ様だっけか、一瞬しか叶わない、続くかどうかわからないってのはどういう事?」
「未来が読める能力が欲しい、とか、そういうのはダメってことだね。あとはお金がいくら欲しい、なら叶うが、預金残高を増やしてほしい、とかは無理。頭が良くなりたいはダメだけど、暗算が一瞬で出来るようになりたい、ならたぶんずっと続くな。忘れなければ。あと、人を殺したいとか、そういうのもダメだね。」
「難しいな。」
「ドラゴンボールみたいに、神龍を超える願いは無理だとかそういう事は言わんけどね、近しいものがあるな。まあ、どの程度の願いがかなえられるかはわしにもよくわからんのよ。」
「ますます難しいな。っていうか、ツネ様、ドラゴンボール知ってんのかよ。」
「まあ、妖狐がかなえられそうな願いだけってことだよ、あっちは龍だし。」
変わらず、どうも安っぽい。…まあいい。…願いは決まっている。

少し呼吸を整え、願いを言う。
「では。その…別れた妻ともう一度やり直したい。」
ツネ様は眉をひそめる。
「何?別れた妻?」
詳しく話をする羽目になった。どうにも面倒くさい。思ったより聞き上手なツネ様は上手に相槌を打ちながら、親身になって聞いてくれた。
「なるほど、大変だったな。しかしどうかな、その願いは。」
そんなに難しい事なのか。
「いや、それはもう一度彼女の気持ちを青年に向けさせることは出来る。出来るが、どうだろう。またうまくやる自信はあるのかい?」
「もちろん、今度は別れないように努力する。」
「青年ならそう言うだろうな。しかしな、今までもそうやって努力してきたんだろう。結果、ギャップが出来たってことじゃないのかい?」
「まあ、そうかもしれないな。でも、彼女は俺にとって生きがいそのものだったから…」
「叶えてやってもいい。けれど、転勤の結果までは変えられない。」
「それは…」
確かにそうだ。願いを一つ、と言っても一つの願いを叶えるだけでは、現実は動かせないのかもしれない。
「たとえ、気持ちが元に戻ったとしても、過去に自分が言った手前、もう一度やり直すことになるかね。意外と、現実的なんだよ、この願いを一つだけ叶えるってのはね。」
「…そうか…。」
「今までのヤツは、金が欲しいとかだったら、競馬の結果を揃えるとか、宝くじを当てさせるとか、そんなのだったな。あとはどこかの異性を振り向かせたいとか、そんなのなら、後は自分次第だから。」
「願いを叶えるって言っても、現実との整合性をちゃんと合わせるんだな。ツネ様は律儀だな。」
「律儀なんじゃなくて、現実的に願いを叶えるったって、無茶なことは出来んよ。」
妙なところで信ぴょう性があるのがこのツネ様の憎めないところだろう。ツネ様は私のことをえらく気に入ってくれた。願いを叶えるために、一緒に悩んでくれる。しばし、自分の願いを考え、現実的かどうか二人で議論した。

 転勤をするのをやめたい、これは出来なくはないそうだ。だが、今回の仕打ちを受け、うちの会社に長くいたいと思う気持ちもなくなった。ならば転職、これも考えた。が、転職したところで実力が伴わなければその業界に長くいられることもないだろう。
 お金、というのも考えた。が、今更お金を手に入れて、いったい何になるだろう。再度賽銭箱に投げ入れるのがオチってなもんだ。
「なあ、ツネ様。」
「なんだ、青年。」
「それならば、いっそ殺してくれないか。」
「なんだと!」
「もう、自暴自棄なんだ。願いが叶うと聞いて喜んだが、結局何も叶えられなかった。今までの人生の意味などなかった。ツネ様、財布の中身、いや、貯金通帳の中身も全部賽銭に変えたって構わない。好きなだけいなり寿司を食べてくれ。だから、私も、そして他の誰も苦しまなくて済むようにいっそ存在ごと消してくれないか?」
ツネ様はふうっと息を吐く。しばしの沈黙の後、
「青年よ。苦しまずに死ぬことなどできんよ。そして、誰かを苦しめることなく死ぬことなど出来んよ。そなたが今まで生きてきて、一生懸命生きてきて、それで誰も悲しまないということなどないよ。」
私は自虐的に笑う。
「いや、今更オレが死んでも、誰も悲しまないよ。」
というが早いか、ツネ様にビンタされた。
「痛ってえ!何すんだよ!」
「甘ったれてんじゃねえぞ青年!そなたが死ねばわしは悲しいぞ。いなり寿司を作った宮前の定食屋も悲しむ。お前の後輩は誰に電話すればいい。そして彼女が悲しまぬとでも思っているのか!」
「悲しまねえだろうよ!だったら別れねえだろうよ。なんだよ、結局何も変わらねえじゃねえか!」
ツネ様はまた眉をひそめ、悲しそうに言う。
「すまん。わしにはそなたの本当の願いは叶えられぬかもしれん。しかし、青年よ。今まで生きた意味がないとはそなたにはどうしても思って欲しくないのじゃ。」
…ツネ様の口調は常に安定しない。

「ついさっき会ったばっかりの男に、願いを叶えたいって言って、で、生きた意味がないとは思って欲しくないって、ずいぶんな思い入れようだな。」
「そうじゃな。青年、妖狐はね。厳密にはキツネじゃない。」
「は?」
もう、いろいろ成り立たねえぞ。
「もともと、キツネが化けるって言うけど、そんなわけねえじゃん。たぬきが男に化けて、キツネが女に化けるとかさ、じゃあわしはたぬきかよ。」
「いや知らんけど。」
「まあ、キツネに似たまあ妖怪っていうかね、幻獣っていうかね、神?まあ、めんどくさいからキツネでいいけど。」
「うん。わかるけどさ。それが何でオレを気に入ったのよ。」
「青年、この稲荷に来たのはなんでだ?」
「なんとなく立ち寄ったんだよ。結婚してからよく一緒に来たからな。」
「なんとなく立ち寄ったか。それでわしにあんな美味いもん食わせて。で、自分は死にたいって?」
「…まあ、そうだな。」
「わしね、もう一回言うけど、神なのよ。」
「ツネ様、神ね。」
「そう、神の前で死にたいとか言う?普通さ。」
「いや、まあ、そうだな。」
「稲荷ってさ、豊穣の神なのよ。まあ、わしはその遣いというかね、こっちの像の方に憑いてんだけど」
「いや、憑くて。言葉のチョイスおかしいよ、ツネ様。」
「まあ、でも油揚げもらえるしな。ちなみにこっちの像の方にもわしと付き合っていた妖狐がおってな。」
「はあ…。」
「でも、なんか明治のころに別の土地に引っ越した。」
「そうなのか…。」
「で、その妖狐にそなたが似ている。」
おいおい。めちゃくちゃな展開だな。
「まあ、見かけが似ているわけじゃない。優しいが、想いが通じぬとすぐ自棄になるところとかな、何かと意味を探すところとかな。別にキツネで良いんだよ。」
「ああ、キツネじゃないのにキツネと言われるのが我慢ならなかったのか…。」
「そう。あと、青年。そなたにはもう一つ言っておこう。」
なんだなんだ、まだあるのか。
「そなたが見ているのは、わしが化けている姿ではない。わしが化けたように見せているだけ。」
「なに?」
「だから他の者には見えてない。化けるなんてことは出来ないが、人の意識、感覚を変えて見せることができる。まあ、化けて見えるし、実際にそのような形に見えるから、化けてるのと一緒なんだけどな。わしが願いを叶えるのは、意識を変えるのと、ちょっと先の未来を教えることができるだけなんだな。」
「なるほどな。やはり変なところで現実的だな、ツネ様は。」
「そう、だが、不思議と、人の願いはやはり一つしかかなえてあげられないんだがね。」
「うん。ところでツネ様、オレも暇じゃないんだ。そろそろ行くよ。」
「おい、ちょっと待て!」
 引っ越しは明後日。明後日引っ越したら次の日にはその地で勤務となる。挨拶は済ませてある。ツネ様にはまた後日来ると言って、願いは持ち越した。引っ越しの準備をするような気はもともと起こらなかったし、どう表現していいかわからない胸のゴチャゴチャは、変わらないままだ。ただ、なんか引っ越しはしなければいけない気がして、何も考えず、荷物はまとめた。妻との思い出の品も片付けた。明日一日で願いも決まるまい。ツネ様には悪いが、願いは辞退させてもらおう。
 
 翌日。引っ越しの準備もソコソコに、少し息抜きに出かけるか、と思ったら、気が付いたら稲荷の前に居た。
「青年、来たか。願いは決まったか?」
「ツネ様、いろいろ考えたがね、特に願いは無いよ。」
「そう言うと思ったよ。しかしな、そなた、今日ここに来るつもりはなかっただろ?」
「まあ、そうかな。」
「それでもここに来た。つまり、わしの術中に居る。良いか、そなたはな、まっすぐで、一生懸命で、優しい。しかし、無意識に見返りを求めて、少しだけ、息苦しいんだ。自分の思うような世界など、描けぬ。そなたの世界観だけ大事に育ててあげればいいんだ。そして周りのみんなの世界観を認めてあげられればそれで良いんだ。」
「ツネ様。説教はもういいよ。そんなのも疲れた。どうせオレなど…」
「まあ、そう言うと思ってな。そなたの願いはこちらで決めた。生きる理由など、これから作ればいいさ。さらばだ、心優しき青年よ。いなり寿司、ありがとう!」
ツネ様は言いたいことを言って、姿を消した。
「なんだったんだ。全部夢だったのか?」
まさにキツネにつままれたようだが、不思議と気分は悪くなかった。

 引っ越すと、会社指定の引っ越し先は、トラブルで使えなくなったらしい。不動産屋に謝られ、代わりに妙に大きな部屋を案内された。まあ、職場に近いし、公園にも近い。職場の引き継ぎもソコソコに、必要なものを買いにホームセンターに出かける。
 ペットコーナーの前を通ると、妙に赤っぽいキツネのような表情の犬と目が合った。しっぽがふさふさだが、そういう種類のコーギー犬らしい。コーギーはオレを見るとはじけるような笑顔で、わんっと鳴いた。たまらなくかわいい。見ていると買いたくなる。目を背ける。
「わんっ!わんわんっ!」
呼ぶように鳴く。ペットコーナーの店員が目を丸くする。
「この子、普段おとなしいんですけどね。お客様を見ると妙に嬉しいみたいですね。」
待て待て。引っ越し早々、とんでもないことだ。でもな、飼うような余裕はないんだよ。
「くぅん。くぅん。」
おい、やめろ。
「わんっ!わんっ!わんわんわん!」
これはダメだ、ああ、そういえば、あの部屋は、ペット可だっけ…。
「こぉら!お客様ごめんなさいね。」
店員さんは困り果てている。さてはツネ様、やりやがったな?願いは叶えたって、そんなもん願ってないし、ペット可の物件になってるし。もうダメだ、オレもこの子を飼いたくて仕方がない。人生に意味など無いと言ったが、それなら、これだけ期待してくれるなら、応えてやってもいいか。
「店員さん?ちょっとこの子、抱かせてもらってもいいですか?」


 引っ越してから、数か月たった。コーギーの子犬は雄で、キツネっぽい風貌なので、「コーン」と名付けた。さすがにツネとは呼んでたまるか。憂鬱だった一人暮らしは適度にわがままで、期待を隠さないコーンとの朝早くの散歩と、夜の食事で彩られた。
 散歩の先には別の稲荷神社があって、キツネの像もツネ様もいないが、たまに手を合わせている。手を合わせていると、
「わんっ、わんっ!」
コーンが甘えた声を出す。どうしたかと思ったら、そこに居合わせた女性に飛びついていた。
「おいおい!やめなさい!」
「わんっ、わんわん!」
ダメだ、コイツ、あの時と同じように可愛さ全開モードだ。
「どうしよう、この子可愛すぎませんか?」
女性は、困惑しながらも、笑顔がこぼれまくっている。
「ちょっときつねっぽいでしょ?名前はコーンと言いましてね。」
女性は目を丸くする。
「本当ですか?ウチにもポメラニアンがいて、名前がポタージュって言うんですよ!」
話しが出来過ぎだ。ツネ様、ありがとう。生きる意味、見つかりそうな気がしてきたよ。





※ もう少し短くしたかった短編。「一つの願いを叶える」という事が、いかに難しいかという事と、生きる意味とか、そういうのを考えるだけムダで、もっと別に楽しいことがあるよな、というのを書こうとしたら無駄に長く…。話に整合性を持たせたいとかね、私みたいなリアリストはファンタジーは書けませんね。

二人「はいどーもー」
トド「トドでーす!」
ケン「ケンでーす!二人合わせて」
二人「トド うふ ケンでーす。」
ケン「うふって何だよ!うふって!気持ち悪いな!」
トド「お前もやってただろ!」
ケン「お約束ですからね。慣れてくださいね!みなさん。暑いですね。」
トド「いや、本当に暑いですね。北国に行きたい!」
ケン「ああ、いいですね。北海道に青森とかね。」
トド「リンゴ!一緒に食べられるね!」
ケン「サカイ引越センターか!りんご良いですね。時期じゃないですけどね。」
トド「イギリストースト!一緒に食べられるね!」
ケン「なんだそれは。イギリス風のトースト?」
トド「いや、パンにマーガリン塗ってグラニュー糖ふったやつ。ジャリッとしておいしいよ!」
ケン「イギリスの話かね?」
トド「いや、イギリス関係ない。青森の。」
ケン「じゃあなんでイギリスなんだよ!って、青森?」
トド「なんならトーストされてないから。公式ページには焼いてたべるとおいしいって書いてある。」
ケン「じゃあなんでトーストなんだよ!今日は青森の漫才ね。」
トド「そうそう。工藤さん喜ぶよ。」
ケン「誰だよ工藤。」
トド「青森は工藤って人が多いのよ。なんならさっきのイギリストーストも工藤パン。」
ケン「そうなのか!じゃあ、工藤の有名人は青森出身だったりするのか?」
トド「いや、工藤はいない。せやけど工藤!」
ケン「いや、うん。どうツッコんでいいかわからん。…なんかスマン。」
トド「青森の有名人で言えば、松山ケンイチよね。松山って名前も多いらしいし。」
ケン「そうなのか。あんまりイメージ無いな。」
トド「松山英樹も青森かな?すごいな、さすが青森山田高校があるな!」
ケン「いや…松山英樹は愛媛県松山市出身だ…。しかも東北福祉大。」
トド「なんでだよ!そのまんまじゃねえか!あと青森山田出ろよ!」
ケン「いやいや、なんで怒るんだよ!あとそのままって何だよ!」
トド「スポーツは青森山田が常識だろうよ。あと、リンゴは青森。」
ケン「そうですね。青森と言えばりんごですね。有名人もいるし!。」
トド「ハイヒールリンゴ、椎名林檎…」
ケン「わざと言ってんだろお前。」
トド「まあな!」
ケン「だろうな。ハイヒールリンゴは大阪。椎名林檎は埼玉!
   りんご娘とりんごちゃんが青森出身!」
トド「リンゴ!一緒に食べられるね!」
ケン「またかよ!なんだよ突然!」
トド「引っ越しだよ。これで椎名林檎と松山英樹を青森に引き抜けば…」
ケン「引っ越しても出身地変わらねえだろ!」
トド「最後の地として選んでもらえばいいんだよ。キリストみたいに。」
ケン「おいおい。キリストの墓の話題に触れるのか、お前。」
トド「そりゃそうだろ。青森はピラミッドもあるし、UFOも来るし。」
ケン「青森のトンデモ話の話題はいいよ!青森の人もあきれて強く否定しないしな…。」
トド「いや、そうやって外部の話題を引き抜いてくれば青森も強国になるから。」
ケン「なんで引き抜こうとするんだよ…。」
トド「だから青森山田を見習えよ!サッカーなんか最強だろ。」
ケン「いやいや…。だからと言って現役選手引き抜いてもなあ…。」
トド「青森山田出身者はえげつないぞ。卓球、野球、サッカー、スケートと各界に有名選手を出しているからな。」
ケン「だからって現役選手を本州の北端に移籍させるなよ!」
トド「いやいや。最後でいい。キリスト理論で。」
ケン「なんだそれは…。」
トド「最終的に青森に住めばいいんだよ。そのためにも青森県では塩分の高い食事で平均寿命が…」
ケン「ええいやめろ!普通にディスるな!なんだよ、そのためにって!」
トド「それににんにくの生産量も日本一だからな。太く短く…」
ケン「やめろ!不謹慎すぎるだろ。」
トド「引っ越しさえすれば青森のもんに出来るからな。なんならイタコで呼び寄せれば…」
ケン「やめろと言っとるだろ!(殴る)」
トド「ぶったね、ぶったねぶったね!ねぶった!ねぶったねぶた!」
ケン「おいおい。」
トド「はいらっせーらーらっせーらー」
ケン「唐突過ぎんだろ!突然ねぶた祭はじめんのか!」
トド「そりゃおまえ、ぶたれたらね!ハネトにもなるよ。」
ケン「どういう理屈だよ…。テキトー過ぎんだろ。」
トド「いやいや。テキトーとか言ったらヤーヤドー」
ケン「今度は弘前ねぷたかよ…。やってらんねえな…。」
トド「おお?ヤッテマレ!」
ケン「無理やり五所川原の立佞武多につなげるなよ…。」
トド「青森ならやっぱり祭りに触れないとな!この赤と青の感じ、ユニオンジャックっぽい!」
ケン「いやイギリス国旗関係ねえだろ!」
トド「イギリストースト!一緒に食べれるね!」
ケン「ええい。くどい!」
トド「いや、くどいじゃ無くて、工藤パン。」
ケン「やかましいわ!」
トド「だからね、大事なのは引っ越しなのよ。」
ケン「もうお前青森引っ越せよ。」
トド「いや、おれフジ好きだから」
ケン「じゃあ良いじゃねえか。リンゴ食っとけよ。」
トド「いや、フジテレビ。青森は映らんの。」
ケン「そのフジかよ!。もういいじゃねえか。テレビなんか見なくても。」
トド「そうだな、住むならおいらせが良いかな。渓谷あるし、自由の女神あるし、イオンあるし。」
ケン「結局イオンなのか…。」
トド「そう、結局イオンなのよ。待てよ、イオンならどの県にもあるな!」
ケン「おいおい。結局そうなるのか。」
トド「そう。青森の甘い誘惑には負けないぜ。赤飯とか茶碗蒸しが赤くて甘くても別にいい。」
ケン「今までの時間なんだったんだよ!引っ越さないんだな!」
トド「さっきまで決断しかけたんだけどね。ギリギリやめとく。ギリギリコース。」
ケン「イギリストーストみたいに言うな!」
二人「どうもありがとうございましたー!」


※ 青森県の都道府県漫才。方言とかキリストの墓とか、あまり掘り下げると荒れてしまう難しい県。リンゴとイギリストーストでゴリ押し。青森クラスの県だと何をネタにするかより、何を扱わないかで迷ってしまいます。場外馬券売り場とか、牧場とか玉ねぎチップスとかは思い入れもありましたが。

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