あの人にはクセがある。嘘をつくときに目を逸らし続けてまばたきを二回。本人はきっと気づいていないと思っている。でも私にはわかるの。

 今日も帰りが遅い。仕事だったの?と聞くと目を合わせて苦笑い、メガネを上げて軽くうなづく。疑われるのが嫌なのね。でも私は信じられる。嘘がつけないのよ、私には。嘘などついてもバレるから。


 私の妻にはクセがある。私を信じられないと、いろんな質問をして、じっと目を見る。嘘を見透かされているような気がする。だから私は嘘はつかないようにしている。嘘は…ね。

 今日も遅くなる。ただ、仕事で遅くなるから仕方がない。私の妻には嘘はつけない。でも、後ろめたい。仕事であれ、遅くなるのを妻は少し疑うようだから。


 私の仕事は訪問販売。仕事が終わる時間は自分次第。だけれどあまり遅い時間には販売できない。ただ、懇意の奥様には私の時間を販売している。私の販売する消臭剤を使えば、人の匂いはすべて消える。だから、後ろめたいことがある方には、この消臭剤はよく売れる。そしてこの消臭剤を持っている私も、訪問先で良く気に入られる…。
 人には言えない関係であれ、仕事には違いない。だから妻には嘘など無い。だけど、やはり後ろめたい。今日で会うのは最後にしよう。

 呼び鈴を押す。奥様が出る。緊張でネクタイを直す。メガネを上げる。奥様が言う。
「いらっしゃい。何か言いにくいことがあるかしら?」
そういってほほ笑むと、私のメガネを外して、抱き着いてくる。ダメだ。言えない。

 奥様との時間が過ぎる。奥様は問いかける。
「出会っていきなり、何か言いたそうだったわね。最後にしようとでも思ったの?」
奥様は笑いかけ、挑発的に笑う。
「あなたにはクセがあるのを知ってる?」
私はドキリとして、そのクセの内容を問う。
「あなたはね、後ろめたいことがあるとメガネを触るのよ。なぜかはわからないけど。だからあなたは私と会っているとき、よくメガネを触っていた。だからわたしは、貴方のメガネを最初に外すの。
 貴方の持っている商品は私にとって必要なもの。そのスプレーも、貴方自身も。貴方のメガネは私にとって必要のないもの。」
 
 私はもう、奥様と話すのをやめた。もうこれ以上関わることは出来ない。そう決めた。最後に使う消臭剤の代金は要らない。最後に使う私の時間の代金は要らない。その代わり、奥様の今後の時間を全ていただきましょう。これで、妻に心配されなくていい。


 今日のあの人の帰りは少し早い。仕事だったの?そう聞くとあの人は目をそらして二度まばたきをする。明日からは早く帰るよ、だって。何かあったのかしら。何かあったの?そう聞くと、あの人はメガネを上げて微笑みかける。
「大丈夫だよ。君の心配事は何もなくなったから。」


※ 短い文章でまとめようとすると、この程度になってしまう…という短編。
長い文章で書けば書けると思うけど、そんな集中力もそんな情熱ももう残ってないのかしら…。ブラックなものを書くだけのバイタリティーも無いのかもしれません。